・タイムトラベルについて
(「TOD2の感想(批判)」という記事の中でも、タイムトラベルに触れてます。)
時空を飛ぶ話は、
必ずと言っていいほど矛盾が生じるので、
好きではありません。
やはり、
自分の時間軸以外の物(生き物とか物質)が
他の時間軸の物に変化を与えるっていうのは、
あってはいけない事だと思うんです。
いわゆるタブーです。
何故かって、過去も未来もきりがないから。
例えば、一瞬先か後でも、未来か過去になるわけだし。
それに、下手に変化を加えたら、自分以外の人にも被害が及びますからね。
タイムトラベルができると仮定しても、
時間移動した先の生物と接触できるのは謎です。
自分と全く同じ時代からワープしてきた者同士が、
時間移動した先でも会話ができるってのは分かりますけど…。
(例えばファンタジアで、
一番元になっているスタート時の時代を生きてるクレスとチェスターが
時間移動した先でお互いに会話できているのは分かるけど、
時間移動した先の人物=すず等と会話しているのは理解し難いという事です。)
やっぱり、
自分が本来存在したの時間軸以外の物に変化を与えるという事は、
理解し難いです。
あと、
本来いた時間よりも先の時間帯その物にタイムトラベルできるのも、
理解できません。
未来とは、まだ存在しえないから未来なのであり、
時間軸を漠然と見て、今より先を差すだけなのだと思うのですが…。
まぁ、現在から過去に移動した時点で、
過去から見れば、現在が未来になってしまうので、
自分が本来いた時間までは、
知っていても当然ですけど…。
予知夢のような半分ホントで半分ウソ、というような知り方で
未来を知るというなら、
理解できるんですけどね…。
つまり、こうしたらこうなるだろうという、予測を知るようなものですね。
悪い予知夢を見てそれを避けようとする行動は、
実際にある事だと思いますし、
まだ実際には存在していない未来
=確定していない未来をイメージとして見せられるだけなら、
それを回避する行動をとる事も、ごく自然に捉えられます。
でも、タイムトラベルでは、未来はもう存在している一つの世界。
未来そのものを知って意図的な行動、つまり歴史改変を起こしたら、
未来に存在しない命を存在するようにする事=守る事にも繋がるかもしれませんが、
同時に存在するはずの命を奪う可能性もあるという、
マイナスの事実にも目を向けなくてはいけません。
タイムトラベルでは、予知ではなく未来そのものを知ってしまい、
それを変えようとする現象が生じるから嫌なんですよね。
過去を知って変えようとする奴もいますが。
そりゃ、誰だって知った上で実際にやり直し=タイムトラベルできる状況なら、
変えたくなるのは当然です。
だから、こうやって変えたくなるような現象を起こすタイムトラベルは嫌いです。
私は、
仮にこういうタイムトラベルをして未来そのものを知ってしまっても、
それを意図的に修正するような行動をとる事はタブーであると、
そう自覚して生きることが強さではないかと考えます。
歴史改変を行うことは、行った者一人の事では済まされない事だからです。
これを無視できてしまうと言うのなら、 その者はもう悪だと思いますね。
少なくとも私はそう思います。
時間移動する話は、大きな流れで見ちゃうと、
同じ事を過去や未来の自分が繰り返さなきゃならないように思えて、
なんか話が終わった気がしないのも嫌な所です。
私的に、タイムトラベルもの見ると、
「運命は変えられない」ってテーマが見出されて、ハッピーな気がしないし。
タイムトラベルは、
TOD2の感想で挙げたのとは別の考え方、
つまり、
「今の自分と同じように、
前(過去)の自分はこれからタイムトラベルを経験する、
後(未来)の自分は既にタイムトラベルを経験した」
と考えれば一応の説明はつくんですが、
それでも私には受け入れられないです。
だって、
歴史って過去のこと=終わったことで、
変えられないから歴史なんじゃないですか!?
変えられない過去だからこそ、
過ちを繰り返さないようにそこから学ぶんですよ。
現在や未来で過ちを繰り返さないために!
タイムトラベルってのは過去や未来を変えちゃうわけですよね。
時の流れに逆らって。
それってつまり、今の現実から逃げて、楽な戦いを選ぶってことです。
今、この現実と戦おうとしないわけですから。
TOD2で言うなら、フォルトゥナ、エルレイン、リアラは
自分達の生まれた時代を見捨てたも同然。
戦わずして、過去を変える方が楽って逃げたようなものですから。
TOPでもそうですね。
ダオスの事は、彼が出現した時代の人達で解決すべきで、
他の時代の者がクレス達の時代に助けを求めるって事は現実逃避ですから。
ダオスが時間移動する事だって現実逃避ですよ。
この時代には戦う手段がないから、なんて理由は通りません。
今実際の私達から見た過去の人達は、今をちゃんと戦ってきてるんですから。
勝つ事は出来なくても、戦う事は可能です。
大切なのは、勝つかどうかじゃありません。
戦ったかどうかです。
例えば、ユダヤ人は、人種という生まれつきで変えられない事実を原因に
迫害され、大量に殺害されました。
だからといって、
彼らは自分が生まれる前に戻って、
自分を違う人種になんかしていません。
絶対に時間移動できないからってだけじゃないはずです。
彼らは、仮に自分の中の血液全部を入れかえる手段があったとしても、
そうしなかったんじゃないでしょうか。
それは、今の自分を否定することになるからじゃないかと思います。
私は、自分に誇りをもって生きられないなら、
もうそれは死んだも同然だと思います。
ただ生きているだけの事に、何の価値があるでしょうか?
だから、
脳死=死と捉える事が認められるようになったんだろうと思います。
今起きた事は、今この時代の人が解決する。
これが本当に生きるってことです。
本当に起った事を削除してしまえるのなら、
私が今までやってきた事って何!?って思いませんか?
過去を変える事は今までの自分を、
未来を変える事はこれから自分がやっていく事を否定するのと同じです。
私はそう思います。
タイムトラベルは、
たとえ、
テイルズオブファンタジアのように、
「歴史が何パターンもある=時間軸が複数」という設定だとしても、
過去、現在、未来の間を行き来することで、
自分の時間軸に「自分がいないことで生じる影響」が出るだけでなく、
他の時間軸にまで影響を与えてしまい、
本来なら滅びるはずのものを生かしてしまったり、
生まれるはずの存在が生まれなかったりという、
他の時間軸にまで迷惑をかける状態が生じてしまいます。
見方を変えて、
他の時間軸に迷惑をかけているとかではなく、
「ただ単にタイムトラベルをする度に歴史のパターンを増やしている」
or
「一つの選択をする度に歴史のパターンを増やしている」
という解釈もできますが、
見方の違いというだけで、
「歴史のパターンが増えるだけで
自分の生きる時代のやり直しは効かない」
という状態に違いはありません。
分かりやすく例を挙げるなら、
既に死んでしまったはずの人が生きている時間軸を作って、
「自分の時代には生きていないけど、この人が生きている時間軸もあるんだ」と、
心の慰めにする程度のことしかできない、
ということです。
「時間軸が一つの場合」=「歴史が上書きできるパターン」と違って、
やり直しが効かないので、
「人が生きるという行為そのものを軽んじる」ということにはなりませんが、
大半のタイムトラベルものは、
「歴史のパターンを増やすこと」ではなく、
「自分の時代そのものをやり直して上書きすること」
を目的としているため、
タイムトラベルの一番の意義が達成されたようには思えなくなります。
ファンタジアも、
結城聖さんの小説の解釈が製作者と同じであるならば、
クレスとミントは時間移動したことで、
「”自分が時間移動する前に生きてた時代”、
つまり、”当初”の時間軸のチェスターは救えておらず、
”当初”の時間軸には戻れなかった」
ということになる上に、
「その事実に誰も気付いていないだけ」
ということになるため、
知らぬが仏としか言いようがなくなってしまいます。
時間軸が一つの場合は、
歴史の上書きが可能になるため、
タイムトラベルの意義は見出しやすくなりますが、
誰でもタイムトラベルできたり
タイムトラベルの回数に制限がない場合、
タイムトラベルをする人がいなくならない限り、
タイムトラベルをした本人しか分からないとはいえ、
「いつまでたっても明日にならない」といった現象が起こりえます。
また、
タイムトラベルをしたことによる影響が
自分の生きる時間そのものに出るため、
自分を含めた全ての生命、ひいては世界の生死までも
左右してしまうことになります。
分かりやすく例を挙げるなら、
友達Aが生まれる以前にタイムトラベルして、
友達の両親を出会わなくさせたり、
友達の両親の片方でも「死ぬ」という状態にしてしまえば、
その時点で友達Aの存在は消滅してしまうということです。
たとえ、
タイムトラベルをした先で人と接触しなかったとしても、
全ての命と接触しないでいることは無理ですし、
現在に”タイムトラベルした本人”がいないことで、
現在にそのままいた場合とは、
少なからず、何かが変わってしまいます。
故意であろうとなかろうと、
タイムトラベルをした時点で、何も変わらないことはありません。
どんなタイムトラベルものも、
タイムトラベルで生じた変化の大小を、
主人公達の定義で決めて自己完結しちゃってますが、
本来は、その変化の大小を決めるのは、
「変化」という被害を知らずに受けるはめになる、
”タイムトラベルした本人”以外の存在であるべきです。
何故なら、「タイムトラベルで生じた変化」がいいか悪いかは、
「変化」を被るものにしか決められないからです。
”タイムトラベルをした本人”は、
自分でやった変化を被るわけですから、
事態がどう転んでも自己責任と言えますが、
タイムトラベルした本人以外は、
巻き込まれる形で、ただ「変化」だけを被るわけですから、
納得いくわけがないですよね…。
しかも、
タイムトラベルをした本人以外は、
「変化が起こった」という自覚さえないですしね。
「タイムトラベルした本人も、タイムトラベルによる変化に自覚がない」
というケースは、
見たことないですね。
まぁ、それだと、
タイムトラベルしたところで
何をどう変えればいいのか分からなくなるわけですから、
タイムトラベルすること自体に意味がなくなって、
タイムトラベルが何かの解決策として提案されること自体、
なくなりますけどね。
時間軸が一つにしろ、
時間軸が複数にしろ、
私は、全てのものは、
今この瞬間にしか存在できないものと思ってます。
要するに、
今を0として、マイナスを過去、プラスを未来とするなら、
0はマイナスの状態でもプラスの状態でも存在できないということです。
なので、
タイムトラベル自体、
やろうと思ってもできないと考えてます。
私の定義でいくと、
タイムトラベルという行為をしようとした瞬間に、
タイムトラベルしようとした存在は消滅しますからね。
じゃあ、
タイムトラベルとかせずに今日が明日になる現象は
どう説明すんのよ、
というのも出てくると思いますが、
大まかには、
時の流れに沿った上で
断続的=途切れのないものだから成り立っている、と思ってます。
要するに、0から3にいきなり飛んだり、
時の流れに逆行したりせず、
アナログ時計の秒針のように断続的だから成り立っているということです。
時間の流れが断続的、ということだけが
全てのものが存在できる定義なら、
断続的に今日から昨日へという現象が成り立つということになってしまいますが、
これは、時の流れに逆らっているもの故に
成り立たないのだと思います。
ちなみに、
ゲームのRPGによくある、
一つの命の身体の自由だけを止める「ストップ」、
一つの命の身体の自由だけを早くする「ヘイスト」、
一つの命の身体の自由だけを遅くする「スロウ」、
記憶をそのままに肉体年齢だけを若返らせる「若返りの薬」、
「若返りの薬」の反対の「老いを進める薬」、
(=浦島太郎のたまてばことか)
などの魔法や魔法アイテムに関しては、
時の流れに関するようで、実際の所そうではないので、
成り立つのは納得できます。
ストップ、ヘイスト、スロウは、
重力操作で説明つきますし、
後者の薬も、
細胞の活性化で説明つきますからね。
やっぱ、
時に干渉しているように見えるのではなく、
実際に干渉するというのは、
一瞬時を止めるという類であっても神の領域で、
神(特に、神の中でも、一神教でいうところの神)以外には
できないと思ってます。
タイムトラベルとは違いますが、
『ふしぎ遊戯』(原作:渡瀬悠宇)みたいに、
空間によって「時間の流れが違う」という解釈があります。
私自身は、
「時間の流れが違う」というのは、
感じ方の表現であって、
実際に時間の流れが違うとは考えていません。
たいていの人が
老化が時間だけに比例すると考えているから、
「時間の流れが違う」と考えなければ説明できなくなるだけで、
こういう現象は、
ただ単に、
エルフと人間のような「種族による老化スピードの違い」だけか、
もしくは、それに付け加えて、
重力など、他のものにも比例して老化しているからだと思います。
そもそも老化という現象が、
時間、重力などの他の要素、という、
時間を含めた二つ以上の要素に比例して起こるものであれば、
「時間の流れが違うように見える」という現象は起こりえます。
実際、
宇宙に行った人は
地球にそのままいる人より老化が早いため、
「宇宙では時間の流れが違うのでは」とか言われてるらしいですが、
私はただ単に、
本来、老化というものが、
時間以外の二つ以上の要素に比例して起こるものだからじゃないかと
思ってます。
(「TOD2の感想(批判)」という記事の中でも、タイムトラベルに触れてます。)
時空を飛ぶ話は、
必ずと言っていいほど矛盾が生じるので、
好きではありません。
やはり、
自分の時間軸以外の物(生き物とか物質)が
他の時間軸の物に変化を与えるっていうのは、
あってはいけない事だと思うんです。
いわゆるタブーです。
何故かって、過去も未来もきりがないから。
例えば、一瞬先か後でも、未来か過去になるわけだし。
それに、下手に変化を加えたら、自分以外の人にも被害が及びますからね。
タイムトラベルができると仮定しても、
時間移動した先の生物と接触できるのは謎です。
自分と全く同じ時代からワープしてきた者同士が、
時間移動した先でも会話ができるってのは分かりますけど…。
(例えばファンタジアで、
一番元になっているスタート時の時代を生きてるクレスとチェスターが
時間移動した先でお互いに会話できているのは分かるけど、
時間移動した先の人物=すず等と会話しているのは理解し難いという事です。)
やっぱり、
自分が本来存在したの時間軸以外の物に変化を与えるという事は、
理解し難いです。
あと、
本来いた時間よりも先の時間帯その物にタイムトラベルできるのも、
理解できません。
未来とは、まだ存在しえないから未来なのであり、
時間軸を漠然と見て、今より先を差すだけなのだと思うのですが…。
まぁ、現在から過去に移動した時点で、
過去から見れば、現在が未来になってしまうので、
自分が本来いた時間までは、
知っていても当然ですけど…。
予知夢のような半分ホントで半分ウソ、というような知り方で
未来を知るというなら、
理解できるんですけどね…。
つまり、こうしたらこうなるだろうという、予測を知るようなものですね。
悪い予知夢を見てそれを避けようとする行動は、
実際にある事だと思いますし、
まだ実際には存在していない未来
=確定していない未来をイメージとして見せられるだけなら、
それを回避する行動をとる事も、ごく自然に捉えられます。
でも、タイムトラベルでは、未来はもう存在している一つの世界。
未来そのものを知って意図的な行動、つまり歴史改変を起こしたら、
未来に存在しない命を存在するようにする事=守る事にも繋がるかもしれませんが、
同時に存在するはずの命を奪う可能性もあるという、
マイナスの事実にも目を向けなくてはいけません。
タイムトラベルでは、予知ではなく未来そのものを知ってしまい、
それを変えようとする現象が生じるから嫌なんですよね。
過去を知って変えようとする奴もいますが。
そりゃ、誰だって知った上で実際にやり直し=タイムトラベルできる状況なら、
変えたくなるのは当然です。
だから、こうやって変えたくなるような現象を起こすタイムトラベルは嫌いです。
私は、
仮にこういうタイムトラベルをして未来そのものを知ってしまっても、
それを意図的に修正するような行動をとる事はタブーであると、
そう自覚して生きることが強さではないかと考えます。
歴史改変を行うことは、行った者一人の事では済まされない事だからです。
これを無視できてしまうと言うのなら、 その者はもう悪だと思いますね。
少なくとも私はそう思います。
時間移動する話は、大きな流れで見ちゃうと、
同じ事を過去や未来の自分が繰り返さなきゃならないように思えて、
なんか話が終わった気がしないのも嫌な所です。
私的に、タイムトラベルもの見ると、
「運命は変えられない」ってテーマが見出されて、ハッピーな気がしないし。
タイムトラベルは、
TOD2の感想で挙げたのとは別の考え方、
つまり、
「今の自分と同じように、
前(過去)の自分はこれからタイムトラベルを経験する、
後(未来)の自分は既にタイムトラベルを経験した」
と考えれば一応の説明はつくんですが、
それでも私には受け入れられないです。
だって、
歴史って過去のこと=終わったことで、
変えられないから歴史なんじゃないですか!?
変えられない過去だからこそ、
過ちを繰り返さないようにそこから学ぶんですよ。
現在や未来で過ちを繰り返さないために!
タイムトラベルってのは過去や未来を変えちゃうわけですよね。
時の流れに逆らって。
それってつまり、今の現実から逃げて、楽な戦いを選ぶってことです。
今、この現実と戦おうとしないわけですから。
TOD2で言うなら、フォルトゥナ、エルレイン、リアラは
自分達の生まれた時代を見捨てたも同然。
戦わずして、過去を変える方が楽って逃げたようなものですから。
TOPでもそうですね。
ダオスの事は、彼が出現した時代の人達で解決すべきで、
他の時代の者がクレス達の時代に助けを求めるって事は現実逃避ですから。
ダオスが時間移動する事だって現実逃避ですよ。
この時代には戦う手段がないから、なんて理由は通りません。
今実際の私達から見た過去の人達は、今をちゃんと戦ってきてるんですから。
勝つ事は出来なくても、戦う事は可能です。
大切なのは、勝つかどうかじゃありません。
戦ったかどうかです。
例えば、ユダヤ人は、人種という生まれつきで変えられない事実を原因に
迫害され、大量に殺害されました。
だからといって、
彼らは自分が生まれる前に戻って、
自分を違う人種になんかしていません。
絶対に時間移動できないからってだけじゃないはずです。
彼らは、仮に自分の中の血液全部を入れかえる手段があったとしても、
そうしなかったんじゃないでしょうか。
それは、今の自分を否定することになるからじゃないかと思います。
私は、自分に誇りをもって生きられないなら、
もうそれは死んだも同然だと思います。
ただ生きているだけの事に、何の価値があるでしょうか?
だから、
脳死=死と捉える事が認められるようになったんだろうと思います。
今起きた事は、今この時代の人が解決する。
これが本当に生きるってことです。
本当に起った事を削除してしまえるのなら、
私が今までやってきた事って何!?って思いませんか?
過去を変える事は今までの自分を、
未来を変える事はこれから自分がやっていく事を否定するのと同じです。
私はそう思います。
タイムトラベルは、
たとえ、
テイルズオブファンタジアのように、
「歴史が何パターンもある=時間軸が複数」という設定だとしても、
過去、現在、未来の間を行き来することで、
自分の時間軸に「自分がいないことで生じる影響」が出るだけでなく、
他の時間軸にまで影響を与えてしまい、
本来なら滅びるはずのものを生かしてしまったり、
生まれるはずの存在が生まれなかったりという、
他の時間軸にまで迷惑をかける状態が生じてしまいます。
見方を変えて、
他の時間軸に迷惑をかけているとかではなく、
「ただ単にタイムトラベルをする度に歴史のパターンを増やしている」
or
「一つの選択をする度に歴史のパターンを増やしている」
という解釈もできますが、
見方の違いというだけで、
「歴史のパターンが増えるだけで
自分の生きる時代のやり直しは効かない」
という状態に違いはありません。
分かりやすく例を挙げるなら、
既に死んでしまったはずの人が生きている時間軸を作って、
「自分の時代には生きていないけど、この人が生きている時間軸もあるんだ」と、
心の慰めにする程度のことしかできない、
ということです。
「時間軸が一つの場合」=「歴史が上書きできるパターン」と違って、
やり直しが効かないので、
「人が生きるという行為そのものを軽んじる」ということにはなりませんが、
大半のタイムトラベルものは、
「歴史のパターンを増やすこと」ではなく、
「自分の時代そのものをやり直して上書きすること」
を目的としているため、
タイムトラベルの一番の意義が達成されたようには思えなくなります。
ファンタジアも、
結城聖さんの小説の解釈が製作者と同じであるならば、
クレスとミントは時間移動したことで、
「”自分が時間移動する前に生きてた時代”、
つまり、”当初”の時間軸のチェスターは救えておらず、
”当初”の時間軸には戻れなかった」
ということになる上に、
「その事実に誰も気付いていないだけ」
ということになるため、
知らぬが仏としか言いようがなくなってしまいます。
時間軸が一つの場合は、
歴史の上書きが可能になるため、
タイムトラベルの意義は見出しやすくなりますが、
誰でもタイムトラベルできたり
タイムトラベルの回数に制限がない場合、
タイムトラベルをする人がいなくならない限り、
タイムトラベルをした本人しか分からないとはいえ、
「いつまでたっても明日にならない」といった現象が起こりえます。
また、
タイムトラベルをしたことによる影響が
自分の生きる時間そのものに出るため、
自分を含めた全ての生命、ひいては世界の生死までも
左右してしまうことになります。
分かりやすく例を挙げるなら、
友達Aが生まれる以前にタイムトラベルして、
友達の両親を出会わなくさせたり、
友達の両親の片方でも「死ぬ」という状態にしてしまえば、
その時点で友達Aの存在は消滅してしまうということです。
たとえ、
タイムトラベルをした先で人と接触しなかったとしても、
全ての命と接触しないでいることは無理ですし、
現在に”タイムトラベルした本人”がいないことで、
現在にそのままいた場合とは、
少なからず、何かが変わってしまいます。
故意であろうとなかろうと、
タイムトラベルをした時点で、何も変わらないことはありません。
どんなタイムトラベルものも、
タイムトラベルで生じた変化の大小を、
主人公達の定義で決めて自己完結しちゃってますが、
本来は、その変化の大小を決めるのは、
「変化」という被害を知らずに受けるはめになる、
”タイムトラベルした本人”以外の存在であるべきです。
何故なら、「タイムトラベルで生じた変化」がいいか悪いかは、
「変化」を被るものにしか決められないからです。
”タイムトラベルをした本人”は、
自分でやった変化を被るわけですから、
事態がどう転んでも自己責任と言えますが、
タイムトラベルした本人以外は、
巻き込まれる形で、ただ「変化」だけを被るわけですから、
納得いくわけがないですよね…。
しかも、
タイムトラベルをした本人以外は、
「変化が起こった」という自覚さえないですしね。
「タイムトラベルした本人も、タイムトラベルによる変化に自覚がない」
というケースは、
見たことないですね。
まぁ、それだと、
タイムトラベルしたところで
何をどう変えればいいのか分からなくなるわけですから、
タイムトラベルすること自体に意味がなくなって、
タイムトラベルが何かの解決策として提案されること自体、
なくなりますけどね。
時間軸が一つにしろ、
時間軸が複数にしろ、
私は、全てのものは、
今この瞬間にしか存在できないものと思ってます。
要するに、
今を0として、マイナスを過去、プラスを未来とするなら、
0はマイナスの状態でもプラスの状態でも存在できないということです。
なので、
タイムトラベル自体、
やろうと思ってもできないと考えてます。
私の定義でいくと、
タイムトラベルという行為をしようとした瞬間に、
タイムトラベルしようとした存在は消滅しますからね。
じゃあ、
タイムトラベルとかせずに今日が明日になる現象は
どう説明すんのよ、
というのも出てくると思いますが、
大まかには、
時の流れに沿った上で
断続的=途切れのないものだから成り立っている、と思ってます。
要するに、0から3にいきなり飛んだり、
時の流れに逆行したりせず、
アナログ時計の秒針のように断続的だから成り立っているということです。
時間の流れが断続的、ということだけが
全てのものが存在できる定義なら、
断続的に今日から昨日へという現象が成り立つということになってしまいますが、
これは、時の流れに逆らっているもの故に
成り立たないのだと思います。
ちなみに、
ゲームのRPGによくある、
一つの命の身体の自由だけを止める「ストップ」、
一つの命の身体の自由だけを早くする「ヘイスト」、
一つの命の身体の自由だけを遅くする「スロウ」、
記憶をそのままに肉体年齢だけを若返らせる「若返りの薬」、
「若返りの薬」の反対の「老いを進める薬」、
(=浦島太郎のたまてばことか)
などの魔法や魔法アイテムに関しては、
時の流れに関するようで、実際の所そうではないので、
成り立つのは納得できます。
ストップ、ヘイスト、スロウは、
重力操作で説明つきますし、
後者の薬も、
細胞の活性化で説明つきますからね。
やっぱ、
時に干渉しているように見えるのではなく、
実際に干渉するというのは、
一瞬時を止めるという類であっても神の領域で、
神(特に、神の中でも、一神教でいうところの神)以外には
できないと思ってます。
タイムトラベルとは違いますが、
『ふしぎ遊戯』(原作:渡瀬悠宇)みたいに、
空間によって「時間の流れが違う」という解釈があります。
私自身は、
「時間の流れが違う」というのは、
感じ方の表現であって、
実際に時間の流れが違うとは考えていません。
たいていの人が
老化が時間だけに比例すると考えているから、
「時間の流れが違う」と考えなければ説明できなくなるだけで、
こういう現象は、
ただ単に、
エルフと人間のような「種族による老化スピードの違い」だけか、
もしくは、それに付け加えて、
重力など、他のものにも比例して老化しているからだと思います。
そもそも老化という現象が、
時間、重力などの他の要素、という、
時間を含めた二つ以上の要素に比例して起こるものであれば、
「時間の流れが違うように見える」という現象は起こりえます。
実際、
宇宙に行った人は
地球にそのままいる人より老化が早いため、
「宇宙では時間の流れが違うのでは」とか言われてるらしいですが、
私はただ単に、
本来、老化というものが、
時間以外の二つ以上の要素に比例して起こるものだからじゃないかと
思ってます。
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